黒崎播磨2025年度シーズンレポート①
エースの細谷に加え、3年目コンビの福谷と井手がブレイク
2025年度の黒崎播磨陸上競技部は、マラソンで周囲が驚く活躍を見せた。エースの細谷恭平は12月の福岡国際マラソンで日本人2位、26年2月の大阪マラソンでは2時間06分44秒と自身4回目の2時間7分未満を達成。さらに入社3年目の福谷颯太と井手翔琉が、26年2月に揃って2時間7分台をマークした。細谷と福谷の2人は27年10月開催のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。ロサンゼルス五輪代表3枠のうち1人、または2人が決定)出場権を獲得。チーム別人数では2番目タイの多さである。シーズンレポート①では黒崎播磨が25年度に示したマラソンでの強さを紹介する(②では黒崎播磨の駅伝での戦いを紹介)。
大阪マラソンで終盤の強さを発揮したが、もがいた印象の細谷の25年度
細谷恭平がエースの底力を示した。
12月の福岡国際マラソンは日本人2位で2時間08分09秒。このレースでMGC出場権を獲得した。
26年2月の大阪マラソンは日本人5位で2時間06分44秒。26km過ぎで集団から後れたが、「体をもう一度整えてから動かし始めたら、思ったより後半で動かせました」と終盤で順位を上げた。35kmでは19位(日本人11位)だったが、そこから9位(日本人5位)まで順位を上げて見せた。
それでも「合格点は出せません」と自身に厳しい。前年の大阪マラソン2025では30kmまで先頭集団に付き、2時間05分58秒の自己新もマークした。武器である終盤の追い上げは発揮したが、勝負から早い段階で後退したことには、悔しさと課題が残った。
自己新や日本人1位は達成できなかったが、チャレンジングなシーズンを送ることはできた。7月には米国アルバカーキで海外高地練習を初めて行い、東京2025世界陸上の補欠選手として前日まで、代表選手たちと行動を共にした。
9月のベルリンマラソンは2時間18分55秒で27位と、初マラソン以外では最低記録の走りだった。原因は明確に分析できていない。初めての海外高地トレーニングや、直前まで補欠選手として行動した影響があったのかどうか。
しかし1シーズンで3レースを完走したことも、細谷にとっては初めてのことだった。もがいた印象もあるが、30歳となってなお、新しいことに挑戦し続けている。停滞した中でもさらなるステップアップへ、力を蓄えたシーズンになった可能性もある。

入社3年目コンビ成長の要因と、明らかになった課題
エースの背中を見て育った入社3年目コンビが、26年2月にブレイクした。福谷颯太は別大マラソンで日本人3位、2時間07分11秒をマークして、MGC出場権を獲得した。
井手翔琉は大阪マラソンで日本人7位、2時間07分07秒とチーム歴代3位に進出した。
福谷は別大が3回目のマラソン。1年前の大阪マラソン(39位・2時間10分46秒)では25kmまで先頭集団に付くことができ、それに上乗せするイメージで練習した。
「1年間、30km、35kmまで良いリズムで走ることをイメージし、MGC出場権を目標にして後悔のない選択と練習ができました。レース中も(2時間09分00秒以内で日本人6位以内の)MGC出場権を狙って走りましたし、優勝を狙う展開も考えました」
2月初めにマラソンを走ることから逆算して、駅伝に向けての練習を上手く活用した。11月の10000mを自己新で走った後に別大のコースを試走し、起伏や向かい風なども意識しながら練習した。
2度目のマラソンの井手は、あと1人というところでMGC出場権を逃した。40kmを過ぎて細谷に抜かれていなければ、MGC出場権を獲得できた。すでにMGC出場権を持っている、同じチームの選手に抜かれたのは不運だったが、日本人6位の選手に負けなければよかっただけのこと。井手本人も、細谷に抜かれたことは自身の力不足と認めている。
だが初マラソンのタイム(25年大阪マラソンの2時間14分44秒)から7分半も短縮した。5000m、10000m、ハーフマラソンでも、25年は5レースで自己新を出している。「元の自己記録が低かったから」と前置きをした上で、井手は「1、2年目で土台作りができて、3年目でようやく結果が出始めた」と自己分析する。
「大学時代は数カ月に一度はケガをしていましたが、入社後は監督の立てる練習から大きく離脱することなく、継続できています。故障しなくなった一因に、朝練習でも午後の練習でも、ジョグをゆっくり走って動きが崩れないことを意識していることがあります。高校時代は中距離が専門で、大学では長距離を走るための土台ができていませんでした。(土台をしっかり作る)黒崎播磨のやり方が自分に合っていたのだと思います」
2時間7分台に一気に浮上した福谷と井手であるが、終盤の日本人トップ争いからは取り残された。そこが「細谷さんとの違いでした」と福谷は言う。
「付いて行くイメージの練習はしていましたが、相手を振り切るような練習はできていませんでした。ラスト5kmや3kmで仕掛けたり、上りでペースを上げたりするような練習を、次の1年間でやって行きます」
入社3年目コンビにとって、さらに上を目指すための課題も明確になった。 TEXT by 寺田 辰朗

